スペース・ナチがやってくる!フィンランドで『Iron Sky』(アイアン・スカイ)を観た。

『Iron Sky』は、一部でカルト的な人気を誇るフィンランドのSF映画『Star Wreck: In the Pirkinning』(未見!)の製作者たちにより作られた、「月の裏にナチが!?」というコメディーSF映画。フィンランド・ドイツ・オーストラリア合作で、日本では9月28日から公開される。日本版予告編はこんなだ。



ヴァルハラで会おう」


Rotten Tomatoesのレビューも、IMDbのレビューもそれぞれ40%、6.4/10と決して高い方ではなく、作りが甘い部分も見られたが、前評判や予告編から受けた印象を裏切り大いに楽しめた。ナチ・スペースシップやその戦闘シーンのCGも(予想を裏切り)見応えがあった。ただし、ウド・キアーのファンにはちょっと物足りないかも。「帝国軍のマーチ」に似た曲(しかもスペースナチではなく、米軍が出てくるシーンで掛かりだす)や、ヘルメットに記された「1138」など、ジョージ・ルーカスへのオマージュや、『スタートレック』的なシーン、映画にもなったゲームシリーズ『ウイングコマンダー』などへの言及もあり、SFオタクにも見逃せない映画だ。

本作は、大きな映画/テレビ会社が「世間の目」を恐れて盛り込めないであろう類の(トレイ・パーカーとマット・ストーンの作品はそうではないと言えるが)社会風刺やナチネタ、人種ネタを詰め込んだ作品となっている。後述のDVD特典コメンタリーでも(もちろん前述のようにSFファンにもたまらない要素は満載なものの)「SFと言うよりは政治風刺戦争コメディー」と言われているように、風刺のなかにはプロパガンダ批判もあれば、アメリカの、そして世界各国の資源確保にかける欲望、国連を舞台に北朝鮮や日本、もちろんフィンランドをネタにしたものも。その中でも特にアメリカへの風刺が強く、サラ・ペイリンをパロった米国大統領だったり、独善的で支配欲が強かったり、黒人を「自分をより良く見せるための宣伝材料」として見ていたり/としてしか見ていなかったり、対テロリスト戦争では(敵国の)子供を含む民間人の巻き添えも厭わない、なんて有様だ。


レビューサイトでのそう高くない評価は、一つには前述の2サイトはどちらもアメリカのサイトであることが理由かもしれない。他国人に自国の風刺をされるのは誰も好きではないだろうし、レビューの中には「アメリカウケするユーモアではない」というものも見られた。

ヒトラー暗殺計画を描いたアメリカの映画『ワルキューレ』ではドイツを舞台にドイツ人なはずの人たちが英語をしゃべる変な映画だったが、この映画ではちゃんとそこら辺の説明もなされている上に、ドイツ語で話されるパートもかなりある。一般的にアメリカの観客(とドイツの観客とフランスの観客)は字幕が嫌いだというが、もしかしたらそういうのもあってアメリカのレビューアーたちは純粋に楽しめなかったのではないか、なんて思ったりも。


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ただ、ここまでナチをコミカルに描くというのはドイツやヨーロッパにしてみればかなりすごいことなんじゃないかと思う。「日本でそれまで育った子供が、ドイツの幼稚園で名前を呼ばれ、手を挙げると先生に止められた。これは日本風の手の挙げ方がドイツではナチ式敬礼に見えるからで、応じる際は人差し指を上に挙げないとダメだと言われた。」と、その子供の祖母に当たる方から聞いたことがある。また、私の別ブログで紹介している『フィンランド(絵を見て話せるタビトモ会話)』内に掲載されている「バス停でバスを待つフィンランド人は、バスが来たら全員手を挙げる」という漫画では、日本では多分一般的な手の挙げ方/ドイツではナチ式と取られる手の挙げ方で描かれており、この本を読んでいたフィンランドの知り合いから「フィンランド人はこんな手の挙げ方はしない、これじゃナチじゃん」と指摘されるほど。それだけナチ式敬礼は意識されているのだ。
フィンランドでバスを止めるときは、上腕を体とは直角に挙げ、前腕はまっすぐ、もしくは地面に対して直角から体から離れた方向に45度くらいに曲げるのが一般的なようだ。また、別にバス停で待っていたバスが来ても、そのバスに乗る全員が手を上げるなんて光景はまず見られない。

そんななかで、フランクフルトで子供たちを集め、そのナチ式敬礼を子供たちに演じさせているのだから驚きだ。一緒に『Iron Sky』を見たフィンランドの友達も「子供にこれをさせるとは…」と驚いていた。また、そんな作品のフィンランド国内での配給会社が「Walt Disney Studios Motion Pictures Finland」、そうディズニーだというのもおもしろい。


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フィンランド版のDVD特典は、メイキングドキュメンタリー、予告編集、前述したコメンタリー(フィンランド語訛りを堪能できる英語のコメンタリーと、それとは別にフィンランド語のコメンタリーも用意されている)。

コメンタリーで初めて気づいたのが「総統閣下がお怒りです」をパロったシーンがあったということ。それによれば、そのシーンでは「観客の3分の2からは笑い声が上がった」そうだが、私は元ネタ「総統閣下がお怒りです」もその元ネタとなった映画『ヒトラー 〜最期の12日間〜』も知っていたのだが、これを関連付けられなかった。果たして『Iron Sky』の該当シーンから同じようなミームが生じるだろうか。

私は特典に入っている予告編集なんてろくに見もせずに一度垂れ流して終わり派なのだが、本作予告編集では、本編に全く存在しない映像の数々(ウド・キアーの使われなかったシーンとか、本編で見てみたかったな)、ナチUFOのデザインの変化などもあり、楽しめた。本作の製作は2006年から始まり、製作にはオンラインコミュニティーとの密接なやりとり…コミュニティーメンバーが出資したり、出資メンバーを撮影に招いたりエキストラとして出演させたり、メンバーがアイデアや作中にでてくるポスターデザインや楽曲制作を手伝ったり、細かく製作進行状況をオンラインコミュニティーに報告したり、といったことがなされている。


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また、映画公開前の2011年10月には、フィンランドRemedy Entertainmentが制作した人気ゲーム『Alan Wake』(アラン・ウェイク)のライターとして知られ、フィンランドのシンフォニック・メタルバンドNightwishの7枚目のアルバム『Imaginaerum』を元にした同名の映画でもストーリーを手がけたMikko Rautalahtiがストーリーを担当、ゲーム『Army of Two』(アーミーオブツー)などにも関わっており、『Alan Wake』コミックも手がけたGerry Kissellがアートを担当した、映画のプリークエルとなるデジタルコミック『Iron Sky: Bad Moon Rising』も公開されており、こちらのサイトから第1号を読むことが可能だ。全3号からなるこのコミックは、ネットからデジタル版を購入可能。自分がどれだけこのプロジェクトを支援したいかによって、価格は1ユーロから100ユーロまで自由に決めることができる。

劇中で言及される『ウイングコマンダー』が意図的な布石なのか、Wikipediaによれば、今年8月にドイツで行われたゲームイベントGamescomでは、ポーランドのデベロッパーReality Pump Studios(RPG『Two Worlds』シリーズとかRTS『Earth 2160』とかで有名)が手がけるゲーム版『Iron Sky: Invasion』が発表された。ゲームは「スペースフライトシュミレーター」に戦略要素とRPG要素を付加したものだという。映画の中に出てきた宇宙船(?)に乗って宇宙戦を繰り広げるのだが、装備をアップグレードしたり、敵の残骸から色々回収したりとかするようだ。リリースは2012年第4四半期を予定しており、Windows、Xbox360、PS3、iOS、Android、MacOS向けに揮発されているという。


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音楽はバンドLaibach(スロベニア)が担当。バンドに関する詳細は日本版Wikipediaページをご覧あれ。AmazonではLaibachの『Iron Sky』サントラも販売しているようだ。


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